のんびりと 春の幕開け 満喫す
    のんびりと 春の幕開け 満喫す
   
2月17日
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   ゆず女子の ホルモン湧きて 幸せか 

2月18日
 例の弘法山付近を散策する。が見頃である。フキが生えている、よく見るとフキノトウが出ている。10個ほど採れた。水仙が咲いている。青空に山椿の赤が印象的である。大山・丹沢を望む。
 
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   梅の花 ほのかに匂いて 乙女の香
 
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   春の旬 山里の幸 少し採る

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   水仙や 枯葉の中に 美人あり

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   山椿 寒さの中に 自己顕示

 大山・丹沢
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   のんびりと 春の幕開け 満喫す
   
 *日本海側の地は大雪で大変だ。青空の広がる太平洋側で楽しんでいる私ではあるが、北陸の友をちょっと思ったりする。
 
 またも、おでん です。
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 *このところ、我が家の病人が調子悪い、不安定である。24時間寄り添っている。ブログ更新できないでいる。間が開きますが、私は元気です。

青空に 梅ほころぶも まだ寒し
      青空に 梅ほころぶも まだ寒し
2月9日
 散歩に出る。
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   青空に 梅ほころぶも まだ寒し
 
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   夕空に そろそろ帰る 散歩道

 もつ(豚白・砂肝)・サザエ入り特製おでん・・・(ダイコン・ニンジン・コンニャク・昆布・ちくわぶ)
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2月10日
 フキ味噌を作る・・・刻んで、味噌に日本酒・みりんを入れて煮切る。
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   ふき味噌の 春のにがみに 酒すすむ

 野菜くずのきんぴら・・・大根の皮と葉・ニンジン・ブロッコリーの軸など。
 鳥のむね肉と白菜煮・・・生姜・ニンニクのスライスを入れ、醤油・鷹の爪・日本酒・みりん・胡椒で味を調える。
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2月11日 
 親友T氏と、JR中央線上野原付近の里山を歩く。
 聖武連山(しょうむれやま・545m)・能岳(543m)・八重山(531m)、三山を結んで登る。4時間45分程である。
 雨があがって白い朝もやの中に青空が広がり、きれいだ。地元の人が力を入れていてよく整備されている。
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 聖武連山から富士を見る。
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   天空の 城かとまがう 富士の峰

 下山後、八王子で呑む。元同僚の三人も加わり、昔し話しに花を咲かせる。
節分・立春 模様
    節分・立春 模様

2月3日 
 節分
 つまみは、メザシと豆まきの豆。焼酎の福茶割りを呑む。
 
 *福茶・・・服茶の服が福に通じる事から福茶に転じて、おめでたい時に飲むようになった。縁起をかついで、梅干し・昆布・大豆を茶の中に入れて飲む。
 
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   節分に 豆巻きむなし 福は内 *この数年福はなし   
   節分に せめても酒は 鬼殺し
 
2月4日
 立春。夕方、散歩に出る。頭が痛くなるほど風が冷たい。春は名のみだ。
 
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   春立つ日 蝋梅一人 がんばるよ
   
   寒入りて 春は名のみの 早春賦  
  
 
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   富士横に 金時山に 玉光る *17時5分、弘法山コースの浅間山から撮影。
  
 春の食材で呑む・・・菜花のおひたし、ふきのとうの天ぷら。鳥の手羽中・シイタケ焼き、酒は寒中梅。
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    寒中梅 春を食して 酒旨し   
皆既月食 天体ショー
     皆既月食 天体ショ-

1月30日 
 ゆで豚のカイワレ大根添え,他。
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1月31日 
 皆既月食スーパーブルームーン・・・今回は月が地球の影の中心近くを通るため、皆既状態が一時間以上続くのが特長。月は普段より地球に近い位置にあって大きく見える「スーパームーン」の状態で、一ヶ月に二回目の満月となる「ブルームーン」でもあった。皆既状態になると、赤銅色になる。(新聞記事より)
 DSC_2606.jpg 18時45分ころ 
 DSC_2646.jpg DSC_2652.jpg 21時ごろから
 DSC_2664.jpg DSC_2668.jpg 22時、赤銅色になる。
   
   くよくよが 天体ショーで 消えるぜよ
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   長生きし 宇宙の神秘 見てみよう
  
 おでん、他。
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2月1日 
 もつ煮込み,ぬか漬け。
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2月2日 
 サバ干物焼き、ピーマン・シイタケ焼き,玉ねぎ・ニンニクのチン蒸し。
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*今日は、入日でダイヤモンド富士が撮れるはずであったが、曇りでダメであった。
 老人の絶望と死 *追加あり
   老人の絶望と死

1月26日
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    論客の 自裁死あはれ 川の音 
 
 21日、78才西部邁が自殺した。強気(り)の論客のイメージがあったが。書物などで「絶望に立つ希望」を唱えていた。
 天下国家を憂いて、最近、健康上の悩みもあって「自裁死」という言葉で自殺を示唆していた。8年間看病した妻を亡くしている。そこで決心したのではないかという。
 
 1960年代の学生運動の生真面目さを引きずり、知性と相まってピュアなままに老人になった感じがする。その知性邪魔し、希望という言葉を消して絶望をもたらしたのか、痛々しい。
    
 73才の私などは「絶望」などする知性も生真面目さもない。
 
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 71才中島義道は、絶えず「」のことを哲学的に考えているという。
 題名に惹かれて読む、難しい。
 
 知性のない私は欲望的に愚直に生きるだけだ。人間は絶対にいつかは死ぬ、それは恐ろしいのだが考えても仕方がない、封印し、とバラの日々を過ごし、老化にまかせ、その順番を待つしかない。
 
 しかし、中島の哲学的頭脳はその曖昧さを許さない。
 
 70才という老境にに入り、「あとは死ぬだけと意識すると無限に虚しく、絶望的なのです」という。実は、二十歳のころ、この虚しさ・絶望に対し、信仰によってではなく哲学によって立ち向かおうと決意したという。50年が過ぎたいま、この絶望を解消できていない。
 
 *これが彼が生きている限りの命題という。
 
 前にも書いたように五木寛之、ひろさちや仏教の「あきらむ」というキーワードで解決している。

 中島は、「時間」という概念がキーワードで解決の糸口だという。

 *どうして、哲学者は難しくいうのか。よくわからないが、私流にまとめる。
 
 「来」はわからないから「ない」、絶望しようがない。「現在」は未来と過去に挟まれている時間が「いま」である。「いま」はすぐ過去になる。「過去」が問題である。過去はなかなか消せない。過去にとらわれている(生きて来た証・記憶がある)限り、絶望から脱出できない。つまり、「生」を意識するから「死」を意識する。「過去=生」を消してしまえば「死」は意識しない。死がなければ絶望はない。「私の過去」を消すのである。
 
 「私の過去は完全にである」と腹の底から確信できるとき、私は絶望から脱出できるのです。死ぬときまで続くこの作業が楽しみなことです」と最後に述べている。
 
 *わかったようで、わからない。哲学者特有の頭脳遊びをしている。
 編集者は「明るく死ぬための哲学」とつけたが、「暗く生きて明るく死ぬ」と解せばいいと筆者はいう。この方がわかるような気がする。
 
 「もう社会があなたを必要としていないのだから、未練たらしくいつまでも働けるふりをするのはやめよう。孫の顔を見て満足するふりをするのもやめよう。安楽な老後を送ろうとするのはやめよう。むしろ、なるべく過酷な老後を送るように努力しよう。・・・真実を目指して、妥協することなく厳密にどこまでも考え続けることである。」とも言っている。
 
 *これが「過去を消す」ことなのか。中島さんは凡人に対して異才を誇っているかのようである。前に「私の嫌いな10の人びと」というのを読んだ。鋭くて面白かったのだが。
 
 こんなことを考えている中島の生き方は暗い、死の絶望を解き明かす哲学的作業は楽しいから「明るく死ぬ」となるのか。
 今のところ、中島は自殺しそうもないことは確かである。*哲学的絶望でない西部さんに親しみを感じてしまう。

 *知性派老人、二人はどことなく顔が似ている。何かを見透す目をしている。
 私は知性もないノンポリである。が呑めなくなったら絶望かもしれない。
 
 どうも、70代の文科系知性派が苦しんでいる感じだ。学生運動が激しかった時代を経験している。老境に知性が邪魔して老人性の状態に陥っているのではないかと思われる。*川端康成は老人性鬱で自殺したと言われている。*ジジイはうじうじと暗い。
 
 そこへいくと、軽い「人生本」で儲けている80過ぎ五木寛之老人は死にそうもない。
 90過ぎ佐藤愛子、寂聴の明るい老婆力の強さは気持ちがいい。 *若くない女は自殺しないか。
 養老孟司老人の理系的知性はわかりやすい。

 豚の生姜焼き、油揚げの乾煎り、他。
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   酒なくて 何の人生 哲学よ
   凡人に 絶望をする 知性なし  無名老人   
   頭脳はね 肴作りに 使うんだ  酒呑老人

 物凄く寒いが、酔い醒ましに夜の星を見る。
  
    
    寒冴えて 折れ線グラフ 星座かな
    人死して 宇宙の星と なりますか
    星光に 億光年の 過去を見る
    地球星 宇宙の塵よ 人も塵  *小さい、小さい、絶望するの?

1月27日 
 *後で考えたこと。
 
 宇宙は無限か、地球は無限に存在するか、わからない。概念として時間無限であるとする。確かなことは人間の寿命は有限である。
 
 人間は時間を使うことで生きている。残された時間を意識した時、人間はあせる、死を恐れる。
 哲学者の中島は人間の有限の虚しさに絶望している。時間という概念がなければ、消せれば、絶望から脱出できるというのは論理的に成り立つ。
 
 しかし、生きた時間(過去)を消すことはできるのか。
 それには思い出を消し、過去を恥じて、小市民的な生活を廃し、現在を過酷に生き真実を求め考え続けることだと、私は解釈した。
    
     あまりにも 哲学的だ 少数派
 
 私は、過去を恥じることはできる。真実とはと、考えてみることはできる。あとはできないよ。
 仏教的諦念の「あきらむ」で絶望(死)を無意識に封印しているのかもしれない。
 
 哲学者の中島氏はそれができないのは当然。考え続ける老人は認知症にはならないだろう。
 認知症予備群の小市民老人の私にとって、2才下の哲学老人の今後の展開は見ものである。
 

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