那須雪崩事故 最終報告書 孝
        那須雪崩事故最終報告書 孝  

10月16日 
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 那須雪崩事故最終報告書 新聞記事によると、
 その骨子の一つに 「引率教員は雪崩の危険性を認識し得たはずで、予見可能性があった。安全に配慮すべきだった」とある。
 
 *県教育委員会が設けた第三者の検証委員会は、個人の責任を追及しないと付記している。個人情報は公開しないともある。これがくせものである。
 
 具体的表現として、「新雪が積もった斜面を多数の生徒が隊列で進めば雪崩が起きる危険があり、下山するなど安全に配慮すべきだった。」とある。前にブログで書いたことだが、このことをネットで詳しく調べて整理してみる。*ネットの情報が正確とは限らないが。

① 先頭の大田原高校のA引率教員は、県警の事情聴取では他の二人の教員で相談し「天狗の鼻と呼ばれる標高1515メートル付近の大きな岩を目指して急斜面を登ることを決めた。麓の本部にいた講習会の責任者には相談しなかったという。また生徒の意向も聞いたと説明している。
 
 *この段階で、最初の登山中止決定を逸脱している。 *別の記事では、この責任者27日午前6時ごろに他の引率教諭2人と電話で協議し、登山中止とラッセル訓練の実施を決定とある。食い違いがある。 

② この生徒の意向とは、林を抜け出た尾根のところで、先頭の教員は状況を判断して中止を決めたが、生徒がもう少し先へ行きたいと言ったことを指している。さらに、もう一度中止を言ったが、生徒の意向が強いので抗しきれなくて、少し進んだところ、足元に亀裂が起きて急に雪崩に巻き込まれたという。 
 
 *ネットの投稿では、「生徒に押しつけた責任逃れだ、卑怯だ」という非難がすごい。また、自分の学校の生徒でないので遠慮し、毅然とした態度が取れなかったのではないかという見方もある。

 雪崩が起きた時、この教員は「伏せろ!」と声を上げたとある。急とはいえ、驚きである。「逃げろ、走れ、横へ、泳げ!」だろうが、経験者とはいえ、素人である。伏せたら埋まって助かる確率は低くなる。

 2班のB引率教員は、「風が嫌な感じなっているから訓練を打ち切り、引き返すことを決めた。戻り始めたとき、雪崩に巻き込まれた」と話す。 
 *ここでも、ネットの非難がある。「何で、先頭の1班に連絡しないで、自分の班だけ助かればいいのか」と。連絡の共有意識がない。携帯電話の使用は?の疑問が残る。

 雪崩事故の連絡は無線機が通じなかった。携帯電話は寒くて使えなかった。*歩いて連絡、45分もかかった。おそまつでは済まない。助かる命もあっただろうに。歩いて連絡した教員名はない。たぶんか。 *連絡網の徹底さがない。

 さらに、骨子に、講習会の責任者は無線機や携帯電話を身につけず、司令塔としての役割を果たさなかった」とある。
 
 荷物の整理で、その場を離れたことがあるというが、どのくらいだろう。*ネットでは温泉に入っていたというのもある。
 登山中止を決めた後に、誰が雪の中を歩く「ラッセル訓練」を提案したか特定できないという。→*①の下線部に対応。この組織は何だろう、むちゃくちゃだ。 *報告書には組織の危機管理意識の欠如とある。

 他に、骨子が二つあるが、ここでは問題にしない。

 県警は業務上過失致死傷容疑で捜査しているとあるが、当然だろう。

 遺族は、「検証委が個人の責任を追及しないとした中で、できる限り遺族の意向をくんでくれた」と評価。これは、悲しみの中にも先生方への恨みを抑えている。何とも優しすぎるではないか。

 唯一犠牲となった教員の父親は、「各個人がどいう判断をしてどいう行動を取ったかというところまで追及していないところが不満だ。報告書を読んでも理解出来ない。雪崩がなぜ起きたのかも分からない」と指摘した。
 
 これが本当だろう、遺族を代表している思いがうかがえる。*報告書にはこういう具体的な内容がないのだ。個人情報は公開しないという原則で逃げている感じがする。

 記事には雪崩の原因は、自然発生と人的要因の両方の可能性を否定できないとして明言を避けたとある。
 
 ブログで前にも書いたように、人的要因の方が可能性が大であると思う。 *個人の責任を追及しないという配慮が働いてるようだが、保身・賠償など、主催者の県教委に責任が及ぶのを逃れようとする感じがする。
 誰も責任を取ろうとしない例の公務員(官僚)体質である。

 ネットでは他に、「真岡高校の先生が誰一人として会見にも出てこなかったし、・・・現場にいた二人の先生カギで重要参考人なのは自覚しているはずなのに」とある。
 *助かった大田原高校の生徒の証言もカギだが、はっきりとは聞こえて来ない。

 新聞では、実名を出していないが、ネットで分かる。
 Aは、真岡高校教諭で講習会の副委員長48才、1班大田原高校を引率。
 Bは、真岡高校教諭で前委員長53才、2班真岡高校を引率。4月に逃げるようにして県下有数の進学校栃木高校へ異動とある。
 Cは、大田原高校教諭で現委員長51才、本部待機。新聞に実名報道あり。

 *Ⅰの①にある二人の先生の一人はBと分かる。もう一人は亡くなつた新人の先生かも知れない。結局、「ラッセル訓練」を決めたのはAとBである。CとAの証言に食い違いがある。Cの証言が変わっている。Cの面子もあり、組織のいい加減さが露見するところだ。A・B・Cの馴れ合いの甘さである。

 さらに、ネットで、「自分の判断ミスです。申し訳ありません」て言葉をまだ一度も聞いていないのは俺だけなんだろうかとある。
 
 私は、A・B・Cの教諭を責めはしない。この事故での対応に、人格を見ているのである。記事、ニュース、ネットからでは一概に言えないが、謝罪の言葉は私にも聞こえて来ない。出てこれない苦しさ、人間の弱さもわかるが。 何か、彼らに圧力がかかっているのだろうか。
 *私も高校山岳部の顧問をしていた。
 
 *大田原市は私の両親の故郷である。私は戦中、その疎開先で生れ赤ちゃん時代を過ごした。従兄弟3人は大田原高校の出身である。小学生の夏休みには那須茶臼岳を見ながら遊んでいた。その後、何回か山岳部を引率して登った。
 *一部削除しました。・・11月4日
 
この報告書は官僚的で物足りなく、教育委員会お抱えのむなしさを感じる。
       
       報告書 父(遺族)の思いに 答えずや *これに尽きる!
       良心を 山は見ている 真実を
       山むなし やはり保身の 弱さかな

  ふるさとの 山に向かいて 言うことなし ふるさとの山は ありがたきかな  石川啄木
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