漱石 「草枕」を再読
         漱石 「草枕」を再読

6月24日 ゆで豚・・・レシピ3、枝豆(黒豆)、茹でインゲン、山椒ちりめん。

6月25日 
 漱石 「草枕」を読み終える。20代で読んだが、断捨離で再読である。
 冒頭文は有名だ。画家の主人公は草枕の旅に出る。
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智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」とある。*同感!
 
 さらに、「住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る」とあり、逃げ出せない人の世で束の間でも、芸術は人の心を豊かにするから尊いという。
  
 漱石は、「非人情」という言葉を使っている。俗世間の「人情」を排した美的境地、客観的な写生という意味か。
 
 主人公は、俗世間の煩いからのがれて、非人情の旅に出るのである。山路を越えて温泉宿に逗留する。
 *一時の非日常である。
 
 「小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。ただ、美しい感じが読者の頭に残りさへすればよい。」と言っている。
 絵画的、俳句的で、当時では、挑戦的、実験的小説である。

 漱石がこれを書いた時は39才である。老成している。
 *私の30代は、幼稚で未熟で欲望でざわざわしていた。私の趣味の山登りや晩酌も「非人情」であるが、背景には厄介な「人情・日常」世界がある。胃弱で苦しんでいた漱石も然りであろう。

 漱石の文学的闘いは、「非人情」では終わらない。その後の作品は苦悩しながらも「人情」の世界を描き、人生観を深めていく。

 東京新聞の5月14日の記事に、漱石の未公開手紙見つかるとある。
 「草枕」を掲載した雑誌「新小説」編集者を辞任した後藤宙外 宛て。
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 「天下の浪人程気楽なものは無し 小生は常に恒産を擁したらん事をのみ切望致しおり候」と、「浪人」の身となった友を元気づけるように書いている。
 
 漱石は、手紙好きで有名である。2500通も残されている。友人、芥川龍之介など弟子に対して、思いやりに満ちた手紙を書いている。
 私の持っている岩波の全集14・15巻の収められている。*気遣いがあり過ぎる。優しいのである。胃潰瘍になるのも無理はない。

 その中に、武者小路実篤宛ての手紙が特に、目に留まった。

 「気に入らない事、癪に障る事、憤慨すべき事は塵芥の如く沢山あります。それを清める事は人間の力で出来ません。それと戦うよりもそれを許す事が人間として立派なものならば、出来るだけそちらの方の修養をお互いにしたいと思いますがどうでしょう。」1915年6月15日とある。漱石48才である。

 *すごい!悟人である。70代にして私はその域にはない。この言葉を指針としてなるべく穏やかに余生を送りたいと思う次第であります。

 漱石は、翌年49才胃潰瘍で亡くなっている。早世である。愚人の私は長生きするかも!
 
 晩酌・・・「非人情」で呑む。
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