柳橋で弟と呑む。
2月6日
 
 柳橋といっても、料亭で呑むわけではない。
 
 70才の弟は, 大学時代山岳部だった。癌治療のためこれから入院するので、夢枕獏の「神々の山嶺」、「孤独のグルメ」など他二冊を持って見舞いに行く。 *その後、偶然にも間もなく、マンガ「神々の山嶺」「孤独のグルメ」を書いた谷口ジローさんが2月11日に死去したのには驚いた。 69才であった。
 
 弟は、とんと、アベノミクスと関係がない零細企業の社長である。なかなか引退できない。ストレスがあるのだろう。
 
 弟の事務所は東京の柳橋にある。もう一本あった「獺祭」を出し、タイ、イカの刺身で呑む。白身の魚が合う。旨い!
 
 神田川が隅田川と合流するところの川べりのマンションの一室にある。昔は柳橋芸者で知られるところである。川に屋形船がいくつか浮かんでいる。
 
 今は、花街の風情を残しているのは料亭亀清楼だけである。両国にも近く横綱審議会が開かれるところでもある。窓から正面にその亀清楼があり、右側に隅田川が見える。その上の暮れなずむ紫かがった空を見ながら、語り合い、しみじみと酒を呑む。
 
 「隅田川」というと、永井荷風の作品を思い出す。花柳界を好んだ情緒ある作品である。
 
 さらに、伊勢物語の「東下り」に、隅田川(大川)にさしかかたときの、
   
   名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと  
 
 という歌がある。原業平と思われる主人公が京の都を追われ東の国へ旅したとき、都鳥と聞いて京の都の恋しい人を思い詠んだものである。 
 
 *都鳥はユリカモメのことである。この歌にちなんだ言問橋というのもある。 臨海線「ゆりかもめ」という路線名も東京湾に飛んでいる「ユリカモメ」からきているのだろうか。

 *亀清楼はネットで見てみると、明治・大正の文人たちの馴染みの料亭である。夏目漱石の「硝子戸の中」に、柳橋界隈のことに少しふれているとある。早速、蔵書の岩波の漱石全集全16巻の8巻を読む。最後の作品の21話にあった。
 
 漱石最後の随筆。胃潰瘍に悩まされを意識していることがわかる。その寂しさと悲しさを春の光に包まれた硝子戸中で静かな心境で書いている。これ書いた翌年に亡くなっている。49才であった。今思うと、ずいぶん、若くして死んだものだ。昔の人は老成が早い。私などは70を過ぎているが、まだ幼稚である。

 みんな、長生きしてほしいと、しみじみ思う。


 
スポンサーサイト

Comment

管理人にのみ表示する


Copyright ©  酒呑老人(しゅてんろうじん)の晩酌日記. all rights reserved.
Design by Pixel映画山脈