富士には、月見草がよく似合う。そして、桜の開花宣言。
3月20日 
 晴れ、暖かい。昨日の疲れで今日は沈殿する。窓際に寄って日向ぼっする。
 
 太宰の全集第2巻、「富嶽百景」を読む。
 
 29才、甲府の石原美智子と結婚。精神的に安定していた時期で、明るい作風である。
 
  「富士には、月見草がよく似合ふ」という名言がある。
 
 その文の前に、御坂峠から見る富士山を、
 「富士なんか、あんな俗な山、見たくもない」と言っておいて、
 バスから、「ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残った。」
 「三七七八米の富士の山と、相対峙し、みじんもゆるがず、・・・・・けなげにすっくと立ってゐたあの月見草は、よかった。」とあるに続く言葉である。   

 その他は流し読み。相変わらず、暗い、鬱的である。自意識過剰を意識しながらもそいう小説を書いている。
 今日は、霞んで富士は見えない。
 
 晩酌は・・・もつ煮込み、アジの干物、ほうれん草のおひたし、切り干し大根の煮物。ビール、ごぼう焼酎。
 
3月21日
 冷たい雨。東京で一番早く、桜の開花宣言が出る。

 成人男女のうち4人に1人が「本気で自殺を考えた」と二ュースで言っている。
 
 時代が違うが、太宰治も死にたがっていた。その思いを小説に活かし、実行した作家であり、若者の心をとらえた教祖的存在である。

 人は生きていることが苦しいという状況にあると、を考える。
 
 彼の場合は、観念的な贅沢な死であると言いたいが、彼なりの苦しみがあって、医学的にはうつ病とかの精神病にかかっていたのかもしれない。

 家庭を持っていて、愛人には子供がいて、浮気女性と入水自殺した。佐藤春夫は彼を称して性格破産者という。自分本位。いい言葉で言えば純粋、その場を正直に生きる。
 彼の文学のエネルギーはそこにある。39才で死んだ。「純粋」は、破滅する可能性を秘めている。長生きしにくいと思う。

 *私の場合は、時には「純粋」から逃げてきた。それが、生きる知恵であった。凡人である。

 「富士には、月見草がよく似合う」と言った言葉は、純な感覚で、後付けだが、彼の生死を暗示しているといえるかもしれない。安定期の言葉だが、不安定期を秘めている言葉でもある。

 読書、ブログ作成。
 晩酌は・・・チャーシューのネギの辛し和え、カブのサラダ、ポテトサラダ、赤ワイン。

3月22日 
 晴れ、暖かい。ウグイスの初鳴きを聞く。機種変更、スマホデビュー。
 晩酌は・・・ブリかまの塩焼き、厚揚げ焼き、菜の花のおひたし。日本酒、ごぼう焼酎。

3月23日 
 1000円床屋QBハウスに行く。スマホで写真を撮りまくる。紫モクレンを見つける。
 
 孫娘の小学校の卒業式である。ラジオから、ユーミンの「卒業写真」、続いて森山直太朗のさくら」が聞こえてくる。いい歌である。いつまでも、健康な心を持ち続けてほしい。