眠れぬ夜は、呑みながら読書する。
3月19日 
 中野の家の庭の整備に行く。肉体労働、疲れた。帰りに、例の一番館で呑む。旨い、安い。ブローウエイ側の飲み屋・ラーメン屋を覗くが、高い、混んでいる。知ってか知らないのか。私なりにいい店を見つけたものだ。

 夜、疲れているせいか、かえって、眠れない。そこで、ごぼう焼酎のお湯割りを呑みながら、経済小説で有名な城山三郎の「そうか、もう君はいないのか」(新潮文庫)を読む。

 72才の時、妻を亡くしている。私と同じ年である。妻を亡くした男の心境を知りたかったのである。少し抑制しているが、愛妻家の気持ちがほのぼのと伝わってくる。
 
 次女の井上紀子さんのあとがきがある。「父が遺してくれたもの─『最後の黄金の日日』」は、名文である。DNAを感じる。本文よりもその心境がよくわかる。思わず、涙ぐんでしまった。
 
 「今まで眠れない、眠れないなんて言っていたけれど、そう言いながらも実は気付かぬうちに、うとうとしていたんだと思うよ。でも、今回は違うんだよ。本当に一瞬も瞼を下ろすことができなかったんだよ」と言う、この言葉は衝撃だったとある。
 
 それからは、父の日常から赤ワインが手放せなくなった。眠れず、食べられぬの日々。大げさなようだが、赤ワインのみでを繋ぎとめていたような状態。極度の心的ストレスが引き金とはいえ、体重激減、肝臓数値の悪化。
 
 *私は、ごぼう焼酎を呑み続けるのだろうか。
 
 一人、仕事部屋に籠り孤独な生活を続け、80才で7年後に肺炎で亡くなる。

 巻末に読書家でもある俳優の児玉清さんの解説がある。思いを込めた丁寧な文章である。
 「そうか、もう君はいないのか」というタイトルについて、後に残されてしまった夫の心を颯と掬う、なんと簡潔にしてストレートな切ない言葉だろう。
 最愛の伴侶を亡くした寂寥感、喪失感、孤独感とともに、亡き妻への万感の想いがこの一言に凝縮されている。
 *同感!
 
 最後に、<仕事と伴侶。その二つだけ好きになれば人生は幸福だという・・・・・・>(「小説日本銀行」より)  平成二十二年六月 と引用している。*私の場合も、これに近いかも?
 
 児玉清さんは、77才でこの翌年の5月に胃癌で亡くなっている。

 *眠くなってきた。合掌!
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