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姜尚中の本を読む。息子さんの死について①
2月18日
 
 実は、この記事は11月に書いていたものだが、私が体調不良となったため中断していたのである。その後、上下内視鏡検査につながったというわけです。

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 姜尚中(かんさんじゅ)の最新刊、2018年「母の教え」を読む。
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 「悩む力」などが有名だが、今まで政治学者の本など読む気はなかったが、大学を辞めて軽井沢の高原に移住し田舎暮らしを始めたというエッセイということなので読んでみようという気になった。

 結局は、亡き母の思い出に回帰することで田舎暮らしに老境(白秋)の心の平安を見いだそうとしている。終の住処(青山)で静かに生きていくことへの決意・心境を語っている。
 
 政治学者らしくなく、やや感傷的であるが、文学的な文章になっている。
 在日二世としての母国朝鮮半島の平和への願いの思いを交えながら、高原の自然の日々の暮らしを綴っている。
 
 その中で、時々息子の死について触れているのが気になる。

 そのうちの一つに
 「(息子は)極度の神経症に苦しめられた、彼の世界に巣くう孤独のムシを、私はどれだけ理解していただろうか。・・・ふと、息子の顔が浮かんでくる。
 
 真夜中、独り、家を出、夜が明けるまでひたすら歩き続け、我が家に辿り着く、息子の孤独の散歩。息子はきっと、自分のなかの孤独のムシを、必死に飼い慣らそうとしていたのかもしれない。疲労の果てに、床に着き、ぐっすりと寝入ってしまった息子の顔には、苦悩のカケラもない、安らかな幼子のような無邪気さが表れていた。」とある。

 さらに、
 「私はいつも、オリオン座の三つ星に目が向いてしまう。ひときわキラキラと輝く三つ星。息子の頬の左目の近くには、三つの小さなほくろがあった。・・・愛する息子はオリオンの三つ星になった。・・・冬の夜空は、切々として、心に沁みるひと時を与えてくれるのである。」と。
 
 また、東日本大震災に触れて
 「息子に先立たれ、深い悲しみというより、宙を漂っているような空虚感を覚えながらも、悲劇を封印したまま、外面を取り繕おうとしていた私にとって、東日本大震災の惨事は、魂が震えるような衝撃だった。戦後初めて体験する大量死と大量の行方不明者。 

 「何よりも、溺愛した一人息子は、今はいない。子に先立たれた親の悲哀は、言葉に尽くせない。死児の齢を数えることも苦しく、ただ忘却にすがろうとするだけだった。でもそうすればするほど、愛する者の記憶の輪郭は際立ってくる。
 
 東日本大震災がもたらしたおびただしい数の死者と残された者の喪失感に我が身を重ね合わせ、私は高度成長に彩られた戦後の申し子のような時代が確実に終わったと実感せざるをえなかった。」ともある。

 「私がメディアに露出する機会の多い国立大学の教授であり、またベストセラーの作者としても知られるようになると、家族の悲劇は、私たちの間だけに密封しておけなくなっていた。
 
 一部のメディアを通じて息子の死は、世の中にそのまま露出することになったのだ。そして知人から、私の家らしい家屋がネット上にアップされていると聞き、私は愕然とせざるをえなかった。」とあり、このことが軽井沢に引越すきっかけになったという。

 *姜氏がテレビなどで息子さんの死を公表していたので、知っていた。    
 
 2009年に26才で亡くなっている。神経症にかかっていて最後は呼吸困難で亡くなったという。
 「逆子で生まれてきて、羊水が肺に入ってしまい、保育器に長く入っていたため、神経系の接続が非常に悪くなったりする病気がある。それが大きな原因だったと思う」と言うだけであまり具体的には語ってはいない。
 
 *そこで、改めてネットで調べてみた。
 在日二世の姜氏が東大教授としてメディアに出、有名になってから脅迫状が届くようになり、在日三世の息子さんの心にはショックとなったのか、中学の時神経症といわれ多くの病院を回り、多量の薬を飲んでも治らず、引きこもり、高校を中退していた。
 
 母親に暴力をふるったりし、妻は宗教団体に入信した。息子さんが生まれたこと・生きることに悩み、自殺をしたことをテレビ・ラジオなどで語っている。息子の悩みに答えることが出来なかった。その心の葛藤の中、2008年「悩む力」を書いた。その時、息子さんはまだ生きていたのだ。
 
 さらに、2011年東日本大震災があって、2012年「続・悩む力」を書いた。死を4年間公表出来なかったともいう。
 *ネットでは息子を亡くした彼への批判、彼の反日への批判も多い。

 *神経症のことを調べてみた。
 ①不安神経症 ②恐怖症 ③脅迫神経症 に分類される。 
 これらは、心因性である。精神的にショックな出来事があった時などをきっかけに発病すると考えられる。過敏気質、家庭環境などが間接的な原因でもある。
 
 息子さんに考えられることは
 呼吸困難は②の恐怖症に当たる、いわゆるパニック障害である。夜の孤独の散歩も不眠障害とみられ②に当たり、引きこもりの特徴で人の目がない夜しか外出ができない。
 
 医師と相性が合わない場合は病院を転々とし、薬物依存になる。
 
 *精神分裂病的要素が加わる場合がある。若者の場合は暴力行為、自傷行為などが目立ち、治療も時には難渋する。思うようにならないいら立ちから弱い者へ暴力行為が及ぶ。
 
 *息子さんの場合は父親ではなく母親に。有名な親父に対する気持ちはいかがなものであっただろうか。売れっ子の姜氏は忙しいかも知れないが、どれだけ息子に寄り添ったのだろうか。

 *長く保育器の入っていたことは、赤ちゃんの脳神経に何らかの欠損を与えたのではないかと考えられる。姜氏の言う通り神経症の大きな原因かもしれない。
 
*そこには、氏家族の壮絶な戦い・ドラマがあっただろうことは想像できる。。しかし、彼は具体的には何も語っていない。
 
 本を出すことに忙しいようだが、彼は精神科的勉強をしたのだろうか。あんなに「愛する息子」と言っているのになぜ、息子を助けることが出来なかったのだろうか。違和感を感じる。

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  次回に続く!
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