漱石先生曰く、「胃弱には晩酌が一番だと思ふ」と。
3月24日
 中野の家の整備に行く。いつもの一番館で呑む。

3月25日 
 沈殿、ブログ作成。
 晩酌は・・・サバ缶、納豆、菜の花のおひたし、たまごスープ。 

3月26日  漱石先生曰く、「胃弱には晩酌が一番だと思ふ」と。 
 漱石の「吾輩は猫である」を読み終える。途中で飽きたので、後半は流し読みする。39才のデビュー作である。
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 「吾輩は猫である。名前はまだない。」の書き出しは有名である。
 
 当時としては、猫の目を通して描く発想は新鮮である。学識がほとばしる文章であるが、登場人物との会話が長すぎて飽きがくる。
 落語調でテンポがよく、寅さんの喋りを思い出すところがある。
 
 猫の人間観察をユーモラスに描いている。特に、猫とメスの三毛子の会話は面白い。
 
 漱石は胃弱で苦しんでいた。
 
 猫の主人をとおして、「久し振りで正宗(日本酒)をニ三杯飲んだら、今朝はの具合が大変いい。胃弱には晩酌が一番だと思ふ。タカヂャスターゼは・・・利かないのだ。・・・・・これからは毎晩ニ三杯づつ飲む事に仕様。」と言わせている。
 
 作者の言葉遊びが目立つが、社会批評、文明批評となっている。そこに、漱石の抜きん出た知識人としての苦渋が見える。

 晩酌は・・・手羽先煮、春菊の小エビ入りのかき揚げ、ほうれん草のおひたし、納豆、ひじきごはん。日本酒、ごぼう焼酎。

3月27日 雪崩事故で遭難、春山講習の高校生ら8人死亡
 冷たい雨、雪交じり。午後、晴れる。陽射しがまぶしい。ライン設定に苦労する。もつ煮込みを作る。
 
 雪崩事故起きる。春山講習の栃木県の高校生ら8人死亡。父母の郷里で従兄弟たちの出身高の大田原高校生である。なんとも、痛ましい。

 晩酌は・・・アジの干物、もつ煮込み、油揚げ焼き、玉ねぎ炒め、ひじきごはん。日本酒、ごぼう焼酎。
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富士には、月見草がよく似合う。そして、桜の開花宣言。
3月20日 
 晴れ、暖かい。昨日の疲れで今日は沈殿する。窓際に寄って日向ぼっする。
 
 太宰の全集第2巻、「富嶽百景」を読む。
 
 29才、甲府の石原美智子と結婚。精神的に安定していた時期で、明るい作風である。
 
  「富士には、月見草がよく似合ふ」という名言がある。
 
 その文の前に、御坂峠から見る富士山を、
 「富士なんか、あんな俗な山、見たくもない」と言っておいて、
 バスから、「ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残った。」
 「三七七八米の富士の山と、相対峙し、みじんもゆるがず、・・・・・けなげにすっくと立ってゐたあの月見草は、よかった。」とあるに続く言葉である。   

 その他は流し読み。相変わらず、暗い、鬱的である。自意識過剰を意識しながらもそいう小説を書いている。
 今日は、霞んで富士は見えない。
 
 晩酌は・・・もつ煮込み、アジの干物、ほうれん草のおひたし、切り干し大根の煮物。ビール、ごぼう焼酎。
 
3月21日
 冷たい雨。東京で一番早く、桜の開花宣言が出る。

 成人男女のうち4人に1人が「本気で自殺を考えた」と二ュースで言っている。
 
 時代が違うが、太宰治も死にたがっていた。その思いを小説に活かし、実行した作家であり、若者の心をとらえた教祖的存在である。

 人は生きていることが苦しいという状況にあると、を考える。
 
 彼の場合は、観念的な贅沢な死であると言いたいが、彼なりの苦しみがあって、医学的にはうつ病とかの精神病にかかっていたのかもしれない。

 家庭を持っていて、愛人には子供がいて、浮気女性と入水自殺した。佐藤春夫は彼を称して性格破産者という。自分本位。いい言葉で言えば純粋、その場を正直に生きる。
 彼の文学のエネルギーはそこにある。39才で死んだ。「純粋」は、破滅する可能性を秘めている。長生きしにくいと思う。

 *私の場合は、時には「純粋」から逃げてきた。それが、生きる知恵であった。凡人である。

 「富士には、月見草がよく似合う」と言った言葉は、純な感覚で、後付けだが、彼の生死を暗示しているといえるかもしれない。安定期の言葉だが、不安定期を秘めている言葉でもある。

 読書、ブログ作成。
 晩酌は・・・チャーシューのネギの辛し和え、カブのサラダ、ポテトサラダ、赤ワイン。

3月22日 
 晴れ、暖かい。ウグイスの初鳴きを聞く。機種変更、スマホデビュー。
 晩酌は・・・ブリかまの塩焼き、厚揚げ焼き、菜の花のおひたし。日本酒、ごぼう焼酎。

3月23日 
 1000円床屋QBハウスに行く。スマホで写真を撮りまくる。紫モクレンを見つける。
 
 孫娘の小学校の卒業式である。ラジオから、ユーミンの「卒業写真」、続いて森山直太朗のさくら」が聞こえてくる。いい歌である。いつまでも、健康な心を持ち続けてほしい。