下り坂老人の晩酌と同年代の嵐山光三郎の本を読む。
2月19日 
 断捨離、晴れ、青空、少し山の方は雲がある。ブログ作成、スーパーに行く。
 
 豚バラベーコンブロック300g300円、安い、貧乏症が出る。添加物が多いが買う。
 
 晩酌は・・・豚バラベーコンブロックのステーキといく。他、厚揚げ・野菜焼き。仕上げに焼きうどん

  外を見る。夕日をバックに黒々とくっきりした山並みが見える。

2月20日
  すごい風だ。警報が出る。外に出ない。春二番。ブログ作成 
 
  晩酌は・・・サバの干物・納豆・切り干し大根の煮物など。

2月21日
 嵐山光三郎の「下り坂繁盛記」(ちくま文庫)を読む。
 下り坂の同年代の老人の生き方を見る。
 
 実は、嵐山光三郎さんは、大学の二年先輩である。俳人でもある。
 
 還暦からは人生下り坂である。下り坂の日常生活ぶりを書いている。作家としての交友歴を俳句を交えて 分筆業と読書で鍛えた知識で、ちょっと不良ぽっく書いていて、なかなか味のある文章である。ちょい悪オヤジ風である。
 
 下り坂は命がけだ。どうやって人生の下り坂を降りていくかは、そう容易なことではなく、細心の注意と技術が求められる。*山登りは、登りより下りのほうが危険である。*印は私の感想
 
 下り坂を楽しむために登るのである。これを習得するためには、若いころより訓練しておかねばならない。登りはいろいろと苦しいこともあるが、何事も経験・冒険・訓練。それなりに頂上に到達すれば(老人を意識する)、これからは下り坂である。
 
 自転車のように下り坂の快感を楽しむのがいい。ペダルを漕がなくても(自然体で)スイスイと進む。らくで気分がいい。*自転車・スキーなどは快感だが、山の下りは危険がいっぱい。慎重に!転んだら老人は寝たきりになる。
 
 65才のときの収入は、60才のころの半分になった。自由業者は年金がない、いつまでも働かなければいけない。
 
 人生の下り坂は貧乏症になりがちだが、気にしない。考え方・行動次第(人脈)で繁盛する。年取れば健忘症、それも能力、平気で生きて居る事が繁盛のコツ」という。

 年を取れば を意識しつつも自然体で下り坂を楽しむ。老人はそういった嗅覚で生きていくのです。 *そうもいかないよ!
 
 最後に、正岡子規
  
  柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
 
 の句を引用している。
 
 肺を病んで喀血すると、カラダが水分をほしがる。熱があるときはつめたい果汁がほしい。柿が好きな子規は、むさぼるようにを食った。
 句の奥に「死の予感」がある。ただの風流な情景なんぞではないのです。と。

 正岡子規の「病牀六尺」に、「悟りという事は、いかなる場合にも平気で死ぬることかと思っていたのは間違いで、悟りという事はいかなる場合にも平気で生きて居る事であった。」とあるのは、「むさぼるように柿を食った」という表現に表れている。 *勉強になりました。
 
 病気を楽しむ、あきらめる。悟ることを拒否した。34年の生涯であった。

 *酒呑み光三郎兄いーは、商売の不安を感じながらも、貧乏症の老人たちを尻目に、今日も小粋なお姐さんのいる店に行く。

 そして、13年先輩の五木寛之の「新老人の思想」(幻冬舎)では、老いは自然であり運命人生八十年、60才からの20年の老後は人生の荒野が広がっているという。 
 
 *「青年は荒野をめざす」と、かっこよく言っておいて、今度は、下山の裾野は荒野だ。「老人はその荒野を行かざるをえない」という。あくまでも、かっこいい老人である。

 *私などは、下山の山里の温泉が楽しみで、一風呂浴びてのビールは最高!極楽!  
 はたして、人生の下山の終わりに極楽が待っているのだろうか。 
 
 年金・災害など社会情勢は厳しい。甘えてはいけない。アンチエイジングよりもナチュラル・エンディングを追求すべきである。
 老人階級の自立と独立の覚悟を説いている。 
 
 同じく、「下山の思想」にも、同じようなことが書いてある。「不安こそ生きる力」・「あきらめる」は、「明らかに究める」の意で、どうしようもない現実を正面から目をそらさずに見ようという。仏教的締念観を語っている。
 
 *85才の大先輩は、自立のできない老人たちのために次々、「人生本」を出して、商売繁盛である。 
 
 私は、商売はやめた。「を背負いながらも下り坂」を楽しむ。「貧すれば鋭する」である。老妻を横目に晩酌だ!
 
 晩酌・・・ベーコン入り野菜炒め(シイタケ・インゲン・キャベツ・ニンジン)、切り干し大根の煮物 、他。酒は いつもの日本酒・ごぼう焼酎


 
 
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ふきのとうの天ぷらが食べたい頃に レシピ7
2月18日
 
 昨日は、春一番が吹いた。朝、庭を見るとふきのとうが四つ出ている。それと、ふきの若い葉と雪ノ下を数枚摘む、晩酌は天ぷらにしよう。

 断捨離、阿川佐和子の「残るは食欲」を見つける。妻が買ったものだという。軽く流し読みをする。
 
 書名は親友の女優の檀ふみさんが呟いた言葉、「愛欲と物欲を捨てた今、自分と俗世を結ぶ唯一の絆は食欲のみ」から来ているという。二人とも60代で独身、作家の娘である。面白いことをいう。私も70代になって「残るは食欲」のみである。
 
 同感するもの・面白い話しが、いくつかある。

 「コンビニの安ワイン」の話しで、イエローティル(オーストラリア)という赤ワインが千円ぐらいで買えて思わず旨かったという。ラベルに黄色いカンガルーのイラストが描かれているやつ。私もよく買う。俳優の今井雅之さんに教わったという。彼は最近、ガンで亡くなっている。
 
 私は通常、ワインは飲まない。時々、昼にお腹が空いて耐えられない時、セブンイレブンで、パスタのペペロンチーノかボンゴレと安い千円未満の白ワインを買うことがある。
 また、友人との秋から冬の山行にも持って行き、山の頂上で呑むワインは身体が温まってほっと和む。
 
 赤ワイン蒼龍のネット販売で一升瓶で1300円ぐらいの安いの取り寄せてストックしているがあまり飲まない。

 白身の魚のホイル焼きは、その日の気分で、イタリアン、チャイニーズ、フレンチ風に入れる具・調味料を使い分けるという。これはシンプルを好む私向きで使える。

 「殻取りの男」で、男が恋人の女ために味噌汁の中のアサリを一つずつ、からはずし始めた信じられない話しなど。

 酒の呑み方などは一致する。庶民的である。

 食・酒について書いている作家は多いが、美食家で私とレベルが違う。
 檀ふみさんのお父さん檀一雄も「檀流クッキング」など料理本を書いている。
 お父さんの阿川弘之は最後まで食欲旺盛せであったという。

 *グルメという言葉は合わないが、私などはB級グルメどころかC級グルメである。
 
 阿川弘之は、屈折のあまりない素直でけれんみのない文章を書く。そのDNAを感じさせる文章であった。
 
 あとがきの最後に、まさに、「2013年 ふきのとうの天ぷらが食べたい頃に 阿川佐和子」とある。
 
 今日の晩酌
 ねぎま鍋レシピ7・・・マグロの角切りにネギを入れて醤油・みりんで味を調える。・・ふきのとう、他の天ぷら。カブのサラダ(梅酢かけ)。ひじきご飯
大山(相模)に登る。
2月15日(水)
 
 快晴、青空がきれいだ。平日で予定していなかったが、へ行きたくなった。
 
 許しを得るが、時間が遅いのでケーブル大山(1252)へ行くことにした。
 
 実は妻は土日・休日しか山行は許してくれない。人の少ない平日は何か起こったら心配だという。「大山は観光地だから平日でも天気がいいし、人はいるよ」と言って、許してもらう。  
 
 平日なのにケーブルは満員である。
 終点から頂上までは90分ということだ。ほとんどの人はこの下社までで、歩いて頂上までは登らない。
 
 北風が少し寒い。雪があると思って軽アイゼンを持ってきたが、使う必要はないようだ。
 
 杉の大木がある。樹齢5、6百年も経っているという。足元の岩を見るとボタン岩だ。球体の岩がボタンの花のように見えることからいう。

 富士見台というところに着く。ここからの富士山は絶景である。左に愛鷹山、箱根連山が見える。雪道になってきた。

 頂上付近の手前の左側に丹沢山塊の山々が見え、さらに富士が見え、その間に遠く南アルプスが真白く覗いている。
 12:56分頂上に着く。5,6人いる。

 先月、ヤビツ峠へ抜けたので今回は見晴台へ下る。
 
 雪解けのぬかる道だ。歩きにくい。ホオジロらしい小鳥が二羽枝に止まる。「一筆啓上仕り候」(イッピツケイジョウツカマツリソウロウ)と聞きなしされるとあるが、鳴いてくれない。
 
 下社にもどりケーブル下まで歩く。土産物店、先導師の旅館、豆腐料理店が並ぶ道を通る。以前は座敷に上がって豆腐の料理コースで呑んだものだが、節約。簡単に呑む。
 
 やまゆり食堂というのがある。一人で呑むのにいい。平日で空いている。誰もいない。
 中年の女性が笑顔で明るく応対してくれる。
 
 湯豆腐と大山という名のつく地酒を燗で頼む。さらに、自家製のきゃらぶきも頼む。お銚子2本。焼酎のお湯割り。お通しに漬物・イカの塩辛がつくのがうれしい。ひとしきり、世間話しをしてバス停まで下る。
 
 おみやげに大山名物の柿しぐれという和菓子を買う。

 伊勢原駅前で、焼鳥のカシラ・レバー・ツクネ・鶏皮・砂肝を一本ずつ買う。晩酌のつまみだ。

2月16日
 私に代わってが遊びに行く。松田町に河津桜を見に行く。
 花は終わり近くでよくなかったという。富士は霞んでいた。陽だまりは暖かくて快適だったという。

 私は留守番で、例のもつ煮込みを作る。→#レシピ2  ビールが旨い。

2月17日
 風強い、春一番のようだ。花粉症の私は今日は外には出ない。ブログ作成。 昨日のもつ煮込みで呑む、寝かしたほうが旨い。
バレンタインデー、チョコレートでウイスキーを呑む。 レシピ6
2月13日
 肉屋で、自家製のチャーシューをかたまりで買う。1000円。 
 
 その半分を食べやすいように適当に刻んで、白ネギを刻んでたっぷり入れ、和がらしと醤油・みりんと和える。和がらしの代わりに一味唐辛子でもよい。・・・レシピ6

2月14日
 
 家の梅は八分咲き、ヒヨドリが二羽来る。仲がいい。ひよどり夫婦だ。今日はバレンタインデー
 
 教員時代、女子生徒からたくさんチョコレートをもらったものだ。嫌われていたと思われる生徒から手作りのハートマークのチョコレートをもらった時は驚いた。乙女心はわからないものだ。
 
 今は、さっぱり、ない。彼女たちは、「あの素晴らしい愛をもう一度」を合唱コンクールで歌っていた。もう50代のご婦人になっている。幸せな家庭を築いているのだろうか。
 
 サバの干物でいつもの日本酒を呑んでいると、がそっと茶色のを出す。
 
 見ると、「乳酸菌ショコラ」とある。最近、出始めた乳酸菌入りのチョコレートである。「健康的でしょう」と言う。
 
 一瞬、私は黙る。そして、静かに「ありがとう」と言う。
 
 そこで、ウイスキーサントリーの角瓶を出す。筋入りのしっかりしたガラスビンが好きだ。
 
 そのチョコレートをつまみにロックで呑む。少年時代の森永のミルクチョコレートの味がする。合う。
 
 後は、オニオンスライスとひじきご飯



サバ缶で呑む。・・・レシピ3、4、5
2月11日
 豚肉の切り落としを茹でて丼に移し、そのゆで汁を少し入れる。生姜のすりおろしを入れ、ポン酢醤油をかける。 カイワレ大根をたっぷり入れて、一味唐辛子を振りかけて食べる。・・・レシピ3 *私の場合は、自家製のゆずポン酢醤油を使う。       
 
 最後に、丼に残った汁に茹でた熱々のうどんを入れて絡めて食べる。        
 他、ひじきの煮物など。

 ゆずポン酢醤油の作り方・・・レシピ4 
 11月頃に出回るユズを多い目に買ってきて、大量に汁を搾り、皮の黄色の部分を削って適当に入れて、醤油・みりん・酢・昆布・鷹の爪一つを入れて冷蔵庫に保存する。 注意!*種と皮の裏の白い部分は苦くなるのでを入れないようにする。

2月12日 
 断捨離、妻の買った本で農学者小泉武夫の「俺が愛した缶詰たち」を見つける。読む。
 
 「サバ缶」のところで、「味噌煮缶に千切りにしたショウガをぱらっとかけて、それを酒の肴にすると、脂が中和されてさわやかになりますし、・・・」とある。サバの干物はよく食べるが、これをヒントに今日の晩酌の肴にすることにする。・・・レシピ5
 
 興味深くて面白い本である。一気に読んでしまった。他にも興味深い本が多い。
 
 最後に、缶詰の長所をまとめている。
 ㈠ 保存ができること
 ㈡ 持ち運びができること
 ㈢ 安価で経済的
 ㈣ さまざまな料理に利用できること
 ㈤ 栄養が詰まっていること
 ㈥ 丸ごと利用できること(捨てるところがない
 ㈦ 非常食になること

 そこで、私は最後に残った汁をご飯に入れておじやにした。適当に甘みがあって、これは最高に旨かった。


日高屋で昼酒を呑む。
2月9日
 雪がちらつく。庭の梅が三分咲き。断捨離で不燃ごみのスキー靴を出す。
 晩酌・・・昨日のもつ煮込み、切り干し大根の煮物、果物など。

2月10日
 雪が本降り。寒い。粗大ゴミのスキー板三セットを出す。有料で650円×3である。もう、スキーはやらない。金がかかる。
 月一の介護人の薬を取りに隣り町の医院に行く。妻は留守番。平日、大義名分があって外出ができる。
 
 帰りに駅前の日高屋に入る。酒300円をお燗で頼む。安いつまみがいろいろある。イワシのフライ230円・キムチ170円・冷奴200円を頼む。ここの冷奴がいい。かつお節の粉・生姜・ネギが乗っかってて6センチ角ぐらいの大きさがうれしい。イワシのフライはからしと中濃ソースで食べる。合っている、旨い。B級グルメである。

 辺りを見渡すと、リタイアらしい野球帽を被ったオヤジがを呑んでいる。ユニクロの羽毛服を着ている。私と同じである。「ご同輩、やってるね!!」と心の中で叫ぶ。
 
 窓越しに外を見る。女子高生がことさらに、スカートを短くして、若々しい脚を出して寒そうに通って行く。男子学生も通って行く。
ふと、1月まで教えていた生徒達のことを思い出す。2月だ、受験真っ盛りである。「がんばれよ!」と願う。

 おちょこに目を移す。もう一本頼む。会計安い、「ありがとう、庶民の味方日高屋さん!」。

 店を出て、地下食品に寄る。刺身盛り合わせ3点盛り480円+税、安い。買う。アジ・イカ・びんちょうマグロに生姜・大葉・青ネギ・ワカメ・ダイコンのつまが添えてあるのがうれしい。
 
 レジ外人でふくよかな血色のいい女性がいる。酒が入っているせいか、オヤジ化して思わず「カンツリー、どこの国?」と聞く。「イストニア、バルト三国の」と応える。「おお、相撲の把瑠都いるね」と言うと、ニコッと笑う。そういえば、目、肌の色は把瑠都に似ている。

 おみやげに、イチゴケーキを買う。
 
 雪の中、「雪の降る町を~、雪の降る町を~、思い出だけが通り過ぎて行く・・・」と小さな声で歌いながら歩く。
 ガンで亡くなった北海道大学出身の友人は酔うと、いつも、この歌を歌っていた。

 晩酌
 その三点盛り

もつ煮込みを作る・・・レシピ2
2月8日
 もつ煮込みを作る・・・レシピ2

 ①豚白モツ(ボイル)を茹でる。生姜の皮の部分を入れて油・くさみを抜く。沸騰して5分ぐらい茹でて,終わりに鳥の砂肝とこんにゃくを入れてさーっと湯通しをする。それらをザルにあげて水で洗い流す。*砂肝をいれるのが特徴、歯ごたえがあって旨い。

 ②大根、人参を小口切りにして、①と共に鍋に入れて、30㎝ぐらいの昆布を適当に刻んで水を足し煮る。あくをとる。

 ③カツオだし(顆粒)を入れ、日本酒を多い目に入れる。先ほどの皮をむいた生姜ひとかけらを刻んで入れ、さらに、ニンニクひとかけらをスライスして入れ、鷹の爪一つを半分に割って両方とも入れ、醤油を適当に入れ、みりんを少し入れお好みで甘み・しょっぱみを調整する。よく煮込む。

 ④薬味ねぎを作り、残った青いところは鍋に入れダシにする。
 
 薬味ねぎと一味唐辛子で食べる。
・・・・・・・・・
 
 ビール「麦とホップ」を飲む。発泡酒である。前は、サッポロ黒ラベルを飲んでいたが、節約。後は、いつもの日本酒とごぼう焼酎を呑む。
 



花粉症始まる。ごぼう焼酎・・・レシピ1
2月7日
 
 花粉症の薬を出してもらうために医院に行く。今までの薬が今一なので、ネットで調べて違う薬をお願いする。
 
 内服薬はザイザル。点鼻薬はフルメトロン、点鼻薬はナゾネックス、ステロイド剤だが安全ということだ。
 
 今までの薬アレグラは変化なし、ジルテック・アレジオンはだるくなる。そこで、内服薬をやめて市販の点鼻薬で済ませていた。
 
 *2月14日現在、調子がよい。こちらが調べて積極的に相談するのがよい。

 高齢になれば身体が枯れ反応が鈍くなって自然と治まるというが、私の身体はまだ若いのか毎年苦しんでいる。
  
晩酌
 アジの干物、ホタルイカの刺身、大根・キャベツのサラダ
 日本酒は、辛口純米(松竹梅 天)、この酒は2リトル998円で比較的安くて旨い。自家製ごぼう焼酎のお湯割り。 
 
 *私は、家では日本酒は辛口純米に限定して呑んでいる。
 
・・・・・・・・・・
 *ごぼう焼酎の作り方・・・レシピ1
 極上宝焼酎25度4000mlエコペット2250円を買う。、青森産の70㎝ぐらいのごぼう6本を皮ごとささがきにして天日干しし、充分乾燥させ、仕上げにフライパンで焦がさないように少し煎る。
 
 そこでごぼう茶が出来上がるが、私の場合は焼酎につけるので梅酒用の一番大きなビンに入れる。二週間ぐらいから飲める。ロックで呑むと独特の甘みがあって旨い。お湯割りはほのかにごぼうの味が残る。一ヶ月ぐらい飲める。
 
 ごぼうは皮のところにポリフェノールがあって朝鮮人参と同じような元気が出て健康にいいという。 私は家ではこの焼酎しか呑まない。飲み切って残ったごぼうはきんぴらにしてつまみに利用する。
・・・・・・・・ 
 
 仕上げは納豆ごはん果物(リンゴ・ミカン)。 *特に、日本酒の肴(さかな)は塩分が多くなるので健康を考えて、塩分をからだの外に排出してくれるというカリウムを含む果物などをとるとよい。納豆もカリウムが多い。

 朝食野菜サラダにはトマト、キーウィを入れている。それに、ヨーグルト。主食としていつもバナナを食べている。ご飯は食べない、夕食に少し食べることはある。通常は昼食は食べない。それだけ、夕食の晩酌を楽しみにしている。
 
 尚、血圧は正常である。友人達は血圧の薬を飲んでいる者が多い。
 
 炭水化物(糖質)・甘味の取りすぎは脂肪がたまって血糖値が上がってよくないという。日本酒は糖質であるので、他の炭水化物は控え目にしている。甘味は果物だけでとるようにしている。
 サッカーの「アモーレ」長友佑都も管理栄養士の助言にしたがってそうしているという。
 
 酒は呑みつつも、健康には注意している。運動は週一の山歩きだけで充分である。
 
 以上。
 柳橋で弟と呑む。
2月6日
 
 柳橋といっても、料亭で呑むわけではない。
 
 70才の弟は, 大学時代山岳部だった。癌治療のためこれから入院するので、夢枕獏の「神々の山嶺」、「孤独のグルメ」など他二冊を持って見舞いに行く。 *その後、偶然にも間もなく、マンガ「神々の山嶺」「孤独のグルメ」を書いた谷口ジローさんが2月11日に死去したのには驚いた。 69才であった。
 
 弟は、とんと、アベノミクスと関係がない零細企業の社長である。なかなか引退できない。ストレスがあるのだろう。
 
 弟の事務所は東京の柳橋にある。もう一本あった「獺祭」を出し、タイ、イカの刺身で呑む。白身の魚が合う。旨い!
 
 神田川が隅田川と合流するところの川べりのマンションの一室にある。昔は柳橋芸者で知られるところである。川に屋形船がいくつか浮かんでいる。
 
 今は、花街の風情を残しているのは料亭亀清楼だけである。両国にも近く横綱審議会が開かれるところでもある。窓から正面にその亀清楼があり、右側に隅田川が見える。その上の暮れなずむ紫かがった空を見ながら、語り合い、しみじみと酒を呑む。
 
 「隅田川」というと、永井荷風の作品を思い出す。花柳界を好んだ情緒ある作品である。
 
 さらに、伊勢物語の「東下り」に、隅田川(大川)にさしかかたときの、
   
   名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと  
 
 という歌がある。原業平と思われる主人公が京の都を追われ東の国へ旅したとき、都鳥と聞いて京の都の恋しい人を思い詠んだものである。 
 
 *都鳥はユリカモメのことである。この歌にちなんだ言問橋というのもある。 臨海線「ゆりかもめ」という路線名も東京湾に飛んでいる「ユリカモメ」からきているのだろうか。

 *亀清楼はネットで見てみると、明治・大正の文人たちの馴染みの料亭である。夏目漱石の「硝子戸の中」に、柳橋界隈のことに少しふれているとある。早速、蔵書の岩波の漱石全集全16巻の8巻を読む。最後の作品の21話にあった。
 
 漱石最後の随筆。胃潰瘍に悩まされを意識していることがわかる。その寂しさと悲しさを春の光に包まれた硝子戸中で静かな心境で書いている。これ書いた翌年に亡くなっている。49才であった。今思うと、ずいぶん、若くして死んだものだ。昔の人は老成が早い。私などは70を過ぎているが、まだ幼稚である。

 みんな、長生きしてほしいと、しみじみ思う。


 
 登山家、田部井淳子さんの「それでもわたしは山に登る」を読む。
  登山家、田部井淳子さんの「それでもわたしは山に登る」を読む。

2月5日
 
 断捨離で、古本に出すものと残すものとゴミにするものを仕分けていると、田部井淳子さんの「それでもわたしは山に登る」という本を見つける。妻が買ったと言う。最近、田部井さんは癌で亡くなったのだ。77才であった。
 読んでみる気になる。読む。
 
 35才の時、女性として世界で初めてエベレストに登頂した。登山歴はすごい。癌の苦しみを忍て登山、イベント・講演・ボランティア活動、テレビ出演などをしていたのだ。
 
 余命三ヶ月と言われた。抗がん剤の副作用に耐えていた。「70才を過ぎていたので現状を受け入れ、弱音をはかず、楽しいことをいっぱいやって乗り切ろう。家にこもって身辺整理する時間がもったいない」といって、その後の山行・活躍・執念はすごい。 
 
 福島県三春町の出身である。日本三大の桜の一つ「滝桜」がある。私などは「三春駒」という地酒を思い出してしまう。川越の自宅にはその子孫樹がある。2012年4月千鳥ヶ淵の満開のを見て、「あと何回見られるだろうか」という。2016年10月20日に亡くなる。5年は生きたことになる。
 
 西行の辞世の句
   願わくは 花のしたにて 春死なむ その如月の 望月のころ  (山家集)
という歌を思い出す。

 *如月(きさらぎ)は旧暦では2月だが、今の3月にあたる。「花」は桜をさす。記録によると西行は2月16日に亡くなっている。今の3月30日頃になる。満開の頃である。73才であった。
 
 田部井さんは、お姉さんの家の床の間のかけ軸にあることば、六然訓を紹介している。
  
   自処超然 
   自分自身は何事にも執着することなく
   処人藹然(あいぜん)
   人に対しては好意に富み 
   有事斬然(さんぜん)
   起こった事柄にはテキパキと処理し
   無事澄然(ちょうぜん)
   平安無事の時は心を澄ませ
   得意淡然
   得意の時は驕らず、淡々とし
   失意泰然
   失意の時はゆったり堂々としておれ

  このことばをいただく。こうありたいものだ。

 最後に、「老人ホームに入ることなども考えていない。力尽きるまで自分のペースで楽しく突き進む。これがわたしのやり方だ。生きていることはやっぱり楽しい。歩くことが生きることだ。目の前にある今を精一杯過ごすことが、わたしの歴史になってゆくのだと思う。」とある。

 田部井さんは、本当に、そう生きたのです。合掌!
 「三春駒」ではないが、残りの「獺祭」を呑む。献杯!

・・・・・・・・・・・・・・・・
 *私は高校教員の時、山岳部の顧問をしていた。春休み4月初旬、雪がまだ多い谷川岳に山岳部員6人を連れて登ったことがある。雪山は禁止されていたが闇で行った。
 
 天神平の上の尾根筋の斜面に雪洞を掘り一晩過ごした。彼らは雪洞内の生活は初めてで喜々としていた。
 
 天神尾根をアイゼンを付けて雪の斜面を登って頂上トマノ耳に登頂した。
 
 その時に長久保浩司君がいた。彼は東京農大に進み、山岳部に入りOBとなって2003年にエベレスト・ローツェ登頂を果たしている。
 他にK2などヒマラヤ8000メートル峰をいくつか登っている。一流の登山家になった。

 その後、縁あって22年ぶりに会った時に、「自分が登山家になったのは高校時代の谷川岳の雪山の経験がきっかけになった」と言う。
 今は、私の好きな酒「八海山」の新潟の酒造会社に勤めている。

 彼の一年後輩に甲斐毅彦がいる。立教大学の山岳部でヒマラヤの高峰に登っている。今は、スポーツ報知の記者として活躍している。
 
 22年ぶりに会った時のことを、「甲斐毅彦記者の多事放論」というブログ #2009年3月10日の記事恩師と22年ぶりに再会」に書いている。
 新聞で彼の記事を読むのが楽しみである。 * #印はリンクしています。

 「出藍の誉れ」という故事成語がある。二人はまさしくそういう生徒である。
 私のブログ「センター試験満点作戦」から引用してみよう。

出藍之誉(しゅつらんのほまれ)
  「青出於藍而青於藍。」(青はあいよりでてよりも青し)→「藍草から採った青色がもとの藍よりも青い」・・・弟子が師よりも偉くなって名をあげること。   
 
 *原文: 「青取之於藍而青於藍、氷水為之而寒於水。」<荀子>(青はこれを藍より取りて藍よりも青く、氷は水これをつくりて水よりも寒し。)→「青色の染料は藍草から採取するが、その染めた色は藍よりも青くなり、氷は水からできるが、その水よりも冷たくなる。」・・・人も先天的な素質よりも後天的な努力によってすぐれたものになる。

・・・・・・・・・・・・・
 
 私の弟は、大学時代山岳部だった。最近、検査で前立腺癌が見つかった。
 まだ、初期段階なので心配はないが、明日、見舞いに行こうと思う。

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